建築は、柔らかい科学に近づく2002
論文+作品
論文+作品
著:渡辺 誠
建築資料研究社 2002年刊
内容の一部:
インダクション デザイン 進化設計/ED
本書 前書き より
この本は、研究プロジェクト「誘導都市」と、その実施版である「飯田橋駅」を中心に、現段階の状況をまとめたものである。
「誘導都市」は、都市/建築に対する、これまでの設計とは異なる新しい設計の「概念と方法」の探究、そしてその実践である。
それは、現在の設計のように「線を決める」のではなく、「条件と意図から」建築を「生成」しようとするものだ。「GD」(Computer Generated Design)の誕生。
それには、新しいコンピュータプログラムが必要となる。
したがって「誘導都市」は、コンピュータとひととのコラボレーションのあり方を探るものでもある。
テクノロジの礼賛ではなく、忌避でもなく、ひととコンピュータの新しい関係を見つけること。
それはまた、建築設計を「科学」に近づける試みでもある。
そこでの科学は、従来のものではなく「複雑系」と呼ばれるものに近い。
そしてこうした試みの背後には、「生きている」と形容される都市や建築と、生物のしくみとの、示唆的な関係がある。
その点で「誘導都市」の方法「ID」(Induction Design)は、「進化設計/ED」(Evolutionary Design)と呼ぶこともできる。
もちろん「誘導都市」は、他のジャンルで開発された思想や方法を建築に借用しようというものではない。
あくまで「建築/都市」を考え、つくろうとする、その行為の内側から生み出されてきた。
本書の全体は、新たに書いたユニットと、すでに発表した文を変性/組み替えしたユニットの、合成である。過去の発表文も、過去のままのものはない。どこかが変化している。
固定されてしまった完成品ではない、生きて変化するもの。
生きものの遺伝子も一気に全体が書かれたのではない。
遺伝子を構成する各ユニットが、長い時間の中で記述され、変異し、組み替えられ、転移し、その結果として現在の情報セット(=ゲノム)に到達した。
この本の各ユニットも、それと同様なしくみを経て成立している。そのため、一部に記述の重複がある。
DNAにも重複があるように、冗長性は、生体系を補強する特質である。ひとつの機能を得るために複数の回路を用意しておく生体的冗長性は、多様性を保証するための鍵だ。
また、各ユニットは、目的に向かって一列に並んでいるのではない。
染色体上のDNAのように、あるところでは並列に、またあるところでは順を入れ替えて配置されている。
ヒトのからだをつくる現在のゲノムも、種としてのヒトの完成版の設計図ではない。
現在から将来へ、引き続き書き換えられていくだろう。
この本の構成ユニットもまた同様に、これからも組み替えられていくであろうその過程の、いまの切片である。
ただ、その切片を陽にかざしてみれば、今までは見えなかった、きらめく光彩が透けて見えるかもしれない。